第73回九州地区獣医師大会において、弊社の検査を利用した演題が発表されました。
ピチウム症という非常に珍しい感染症についての報告で、国内の動物では調べた限り2例目のようです。本演題は学会長賞を受賞し、2025年1月に仙台で開催される日本獣医師会獣医学術学会年次大会でも発表される予定です。
診断・治療に苦慮したピシウム症の猫の一例
○古江正人1)、古江加奈子1)、青木兼三1)、松尾直子1)、大村美紀2)、槇村浩一3)
1パーク動物医療センター・福岡県、2株式会社MycoLabo、帝京大学医学研究科・東京都、3帝京大学医学研究科、帝京大学医真菌研究センター・東京都
ピチウム(ピシウム)の感染による再発性の皮下腫瘤に対して、4回もの外科的切除を行った後、抗菌薬などの長期投与で寛解に至ったという飼い主さんと動物病院スタッフの並々ならぬ情熱が伝わる報告です。
ピチウム症は難治性であることが知られていますが、近年抗菌薬が効くことがわかってきました。本症例は当初、病理組織学的検査で真菌症が疑われイトラコナゾールが使用されていましたが、ピチウム症と診断され抗菌薬を柱とした内科的療法を行うことで、それまで繰り返していた腫瘤の再発が抑えられています。
ピチウムは真菌ではなく、昆布やわかめの仲間のストラメノパイルに属する卵菌です。150種ほどがあるピチウムは主に植物病原体として知られ、ヒトや動物に感染するのはPythium insidiosumです(一部例外あり)。
水辺や湿潤な土壌中に生息しているため、患者は水辺との接触歴が多く聞かれます。菌糸と鞭毛をもつ遊走子という二つの形態を持ち、この遊走子が傷口から侵入するのが主な感染経路と考えられています。本症例も子猫の時に用水路で保護されており、このとき皮膚に外傷が確認されています。
ピチウム症は基本的に熱帯~亜熱帯地域の疾患であり、調べた限り日本ではヒトで角膜ピチウム症が1例(大阪)(1)、ネコで1例(熊本)の報告がありました。本症例は福岡で発生しています。世界的には動物のピチウム症の報告はアメリカの南部とブラジルに集中しています。
ヒトを含めいろんな動物がピチウムに感染するのですが、動物の中ではウマの報告が最も多く、イヌの報告も散発的にありますがネコではまれで、英語論文では6報の報告がありました(アメリカ4報、ブラジル2報)。
ネコの病変の発生部位は口腔、肛門周囲、消化管、鼻腔など様々ですが、イヌでは消化管に腫瘤を形成する消化管ピチウム症が典型的です。
ピチウムは真菌に似た菌糸様の発育をするため、培養検査や病理組織学的検査では真菌症と診断されることがあります。確定診断には遺伝子解析が必要なため、診断に至っていない例もあると思われます。治療法が異なるため、この鑑別ができるかどうかが予後を左右します。
鏡検像
近年、フランス、スペイン、イタリア、イスラエル、台湾などの熱帯ではない地域での発生例が報告されています(2-3)。温暖化の影響を受け、流行地が温帯地域まで広がってきている可能性があり、日本(特に西日本)でも注意が必要かもしれません。
参考文献
(1) Maeno, Sayo, et al. “Successful medical management of Pythium insidiosum keratitis using a combination of minocycline, linezolid, and chloramphenicol.” American journal of ophthalmology case reports 15 (2019): 100498.
(2) Peano, Andrea, et al. “Cutaneous Pythiosis in 2 Dogs, Italy.” Emerging Infectious Diseases 29.7 (2023): 1447.
(3) Yolanda, Hanna, and Theerapong Krajaejun. “Global distribution and clinical features of pythiosis in humans and animals.” Journal of Fungi 8.2 (2022): 182.