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はじめに

イトラコナゾール一択だった獣医療も、新たな抗真菌薬を使う必要に迫られる場面が増えてきました。イトラコナゾールがそもそも効かない菌種だったり、イトラコナゾールの長期使用により耐性化するケースも出てきているからです。

真菌症の治療は長期に及び、適切な抗真菌薬を選んでも効果が目に見えるまで数週間かかることもあり、治療中に本当にこの薬で良いのだろうか?と迷いが生じることも少なくありません。副作用が強い薬も多いため、診断的治療や経験的治療ではなく、エビデンスに基づいた薬の選択が細菌感染症以上に求められています。

そこで重要な指針となるのが薬剤感受性試験です。しかしこれは薬剤選択のほんの入り口にすぎず、薬が吸収されて感染巣に届いて効果を発揮するまで、考えなければならないことがたくさんあります。

ここでは、薬剤感受性試験の結果をもとに抗真菌薬を選んでいくプロセスについて考えていきたいと思います。

 

抗真菌薬を選ぶときの考え方3STEP

 

 

薬剤感受性は、試験管の中で菌と薬を混ぜ合わせて、菌が発育できなくなる濃度を調べるシンプルな検査です。これはあくまで試験管の中の話なので、生体という複雑系の中で薬の効果を発揮させるには、薬物動態や投与経路などいろいろ考慮しなければならないことがあります。MIC(Minimum Inhibitory Concentration:最小発育阻止濃度)が一番低い薬がベストとは限りません。

 

抗真菌薬を選ぶときには、次のような3つのステップに分けて考えます。

STEP1:薬剤感受性 感受性のある薬を洗い出す

STEP2:薬物動態 感染部位に到達する薬を絞り込む

STEP3:投薬 副作用や薬剤相互作用、投与経路をチェックする

 

このプロセスを具体例で見てみましょう。

 

症例

尿路にSUBシステム設置後、頻尿や血尿などの症状が見られるようになり、尿からCandida albicansが検出された犬を例に考えてみましょう。この犬は上記の症状以外は問題ありません。

STEP1:薬剤感受性

下の表は本症例から検出されたC. albicansの薬剤感受性試験の結果です。A~Hに検査した抗真菌薬、1~10(ミカファンギンは11)にその濃度が書かれています。

この表の解釈としては、例えばミカファンギン(MCFG)では、0.015~16μg/mLの中の11段階の濃度のミカファンギンが含まれた培地でC. albicansを培養したら、0.015μg/mL以上の全ての濃度で菌の発育が抑制された、という意味になります。この0.015μg/mLをMIC(Minimum Inhibitory Concentration:最小発育阻止濃度)と呼び、試験管の中ではMICが小さい方がより有効な薬剤であると言えます。

この試験管の中の現象と臨床を結びつけるため、臨床例を集めて「どのくらいのMICだったら臨床的に薬の効果が見込めるか」という基準であるブレイクポイントを設定し、S(感性)I(中間)R(耐性)という判定を行います。しかし動物の真菌症ではブレイクポイントが設定されていないため、S、I、Rの判定はできず、検査を行った濃度の中でどこに位置するかでおおよその効果を推定します。

 

 

本症例から検出されたC. albicansの各抗真菌薬に対するMICは比較的低い濃度に位置しており、どの抗真菌薬にも良好な感受性があると考えられました。

 

 

STEP2:薬物動態

上の表は、抗真菌薬の各臓器への移行性を表したものです。

この表によると、尿路への移行が望めそうなのは、フルコナゾール(FLCZ)、イトラコナゾール(ITCZ)やアムホテリシンB(AMPH-B)、カスポファンギン(CPFG)です。中でもフルコナゾールは投与量の80%が未変化なまま尿中に排泄されるため、最も有望です。

 

STEP3:投薬

アムホテリシンBは副作用が強く、剤型も注射薬のみで、重度の全身性の真菌症を対象に入院点滴で使用されることの多い薬です。腎機能のモニターも必要です。本症例の内臓機能には問題ないとはいえ、本症例のような軽症の患者さんに対して第一に選択すべき薬ではありません。

カスポファンギンなどのキャンディン系薬も注射薬のみのため、本症例では使いずらいでしょう。ときどき質問を受けるのですが、AMPHとキャンディン系は消化管から吸収されないので、注射薬を内服しても消化管以外には作用しません。

残るはフルコナゾールとイトラコナゾールですが、フルコナゾールの方が経口での吸収率が高く尿路への移行が良いため、尿路感染症によく使用されます。また副作用がアゾール系の中では最も少ないという点でも優れているため、ここまでの検討でフルコナゾールがベストな選択であると考えられました。

最後に併用薬のチェックをします。特にアゾール系の薬は真菌だけでなく宿主の肝臓のシトクロムP450(CYP)も多少阻害するため、CYPで代謝される多くの薬と干渉するので併用薬のチェックが不可欠です。

フルコナゾールの禁忌はキニジン、併用注意のものにミタゾラム、エリスロマイシン、ビンクリスチン、シクロスポリン、ビンクリスチン、フェンタニル、テオフィリン、スルホニル尿素系血糖降下薬、ジアゼパム、シクロホスファミドなどがあります。

以上のような検討を経て、本症例の治療はフルコナゾールの内服を開始しました。MICだけ見ていると他の薬の方が良いようにも思われますが、実際に患者さんに使用するにはMIC以外の要素も検討する必要があります。

基本的には抗生物質を選択するときと同じ考え方なのですが、動物の抗真菌薬は情報が乏しいのが大きな問題です。このためイトラコナゾール以外の抗真菌薬の使用に不安を持つ先生が多いのも当然ですし、安易に使える薬ではないのも事実です。しかし近年使える抗真菌薬の種類も、動物での使用例も増えてきました。獣医療も状況に合わせて適切に抗真菌薬を選んでいく時代になりつつあります。

 

 

 

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