第44回 動物臨床医学会年次大会において、弊社の検査を利用した演題が発表されました。
肺腺癌内にSchizophyllum commune(スエヒロタケ)の感染を伴った犬の一例
2か月間発咳を呈した9歳の犬の左肺後葉に腫瘤が確認され、摘出したところ肺腺癌と真菌感染が合併していることが確認された症例です。
真菌は遺伝子解析によりSchizophyllum commune(スエヒロタケ)と同定され、薬剤感受性試験にて感受性が認められたイトラコナゾールを術後1カ月継続しました。術後1年半経過しても再発なく一般状態良好とご報告いただいています。
スエヒロタケは朽木などに生えるごくありふれたキノコですが、その胞子の吸入によりヒトや動物に感染することがあります。ヒトでは副鼻腔炎や肺炎、髄膜炎や脳膿瘍の報告があります。動物では犬、チーター、アザラシの感染例が報告されており、犬の症状は皮下腫瘤、骨髄炎、縦隔内腫瘤でした。またヒトではぜんそく症状を伴うアレルギー性気管支肺真菌症を引き起こすことも知られています。
自然界でのSchizophyllum commune(スエヒロタケ)。動物の体内では菌糸の形で増殖する。
by Nikolay Kashpor licensed under CC BY 4.0
スエヒロタケは気候を問わず世界中に分布しているにもかかわらず、論文で報告されている臨床例はなぜか日本に集中しています。動物の論文報告はまだ世界でも10例に届きませんが、弊社での検査では複数例出ており、実は少なくない真菌感染症です。
スエヒロタケは播種して予後が悪いことが多いのですが、本症例は良好な経過が得られました。術前のFNAでは真菌を疑う所見はなかったものの、手術検体を鏡検したことで真菌の存在を認識し、培養検査を行ったことが功を奏したと考えられます。鏡検のおかげで腫瘍と真菌の合併症という珍しい病態をいち早く発見し、その後の抗真菌薬による治療につなげることができました。
病理検査で初めて真菌が関与していることがわかり、パラフィンブロックからの菌種同定を依頼されることがあります。しかしパラフィンブロックからの遺伝子同定は、培養と比べると検出率が下がる上に、薬剤感受性を調べることができません。真菌症であることがわかっても原因菌がわからないと適切な抗真菌薬が選べないため、真菌の正体をつかむことは非常に重要です。
腫瘍だと思っていたら実は真菌腫だったというケースは少なくありません。鏡検するというひと手間が動物の予後を変えることがあります。鏡検はシンプルで安価な診断ツールですが、その重要性をあらためて感じた症例でした。